4年間

卒論も無事提出でき、残すは成績の返却と卒業式のみだ。

私がここにいられるのも1ヶ月を切った。

 

授業が終わり、最近はアルバイトに明け暮れている。

常連客はいい人ばかりで、後輩は可愛い。

 

だが、経営陣が無能すぎる。こんなところで嘆くしかできない一従業員の分際で言わせてもらうが、無能だ。

大学生のアルバイトに頼るしかないのに、おばさん(経営者側)は自分に気に入らないことがあればアルバイトをネチネチと陰湿にいじめる。このことを知っておきながら、経営者であるおじさんは何も対策を取らない。とったとしても、おばさん(以下B)とけんかする(それも私たちの目の前で)ぐらいで、何も根本的な解決に至らない。

そうした結果、去年の夏からずっと従業員募集の張り紙をしているにも関わらず誰も面接に来ない。本当にみんないい目利きをしている。未来永劫こんな職場には誰も来ない。

 

誰か(おじさん)に助けを求めようという気持ちがあるからいけないのだろうか。自分たちで何とかすべきだろうか、そうは思うけれども私はいちアルバイトであり、大学で勉強をするためにここへ来た。そういったことは本業である経営陣がやることだろ、私たちはそのうえで一生懸命働くから。何とかしろよ無能が。

従業員の立場から経営者側への要望としては、働いてもらえる(働きたいと思える)ような環境を提供してほしい。そういう環境が整ってこそ、私たちは自分の仕事以上のことをこなそうと思える。仲間を思いやり、助け合うことが出来る。

 

この間は私もついBさんに言い返してしまった。

Bさんに話しかけた内容ではないのに、キレ気味に返答されたので、「貴方に言っていません。」とつい返してしまった。そしてこのところBさんの私に対する態度が明らかにつんつんしていたので、「私にだけあたり強くないですか」と毒づいてしまった。

その質問をするぐらいなら、なぜ私にだけそんな態度なのか?と原因を聞くべきだった・・・。Bさんのことだし明確な理由はないんだろうけど。それでもまだそっちのほうがスッキリしたな・・・。

 

多分何を言ってもお怒りになられるのだろうが、「貴方に言ってませんって、何、その態度?風当たりが強いとか強くないとかそういう問題じゃない(ゴニョゴニョ・・・)」(だったら何なの?)(ちょっと何言ってるかわかんないッス)

 

いや、お前に話しかけてねーよ。っていうか他のは無視するのにここだけ反応する必要性もないしキレられる必要性もない。気分悪くなるわ。

 

さらに苛立つのが、「社会に出たらこういうことはよくあるよ。その時のための練習だ。あの人の態度を変えるために何か買ってきたら?」と提案された(半ば強制)こと。

こんな社会に誰がした?お前らだろうが!分かっていてなぜ直そうと努力しないのか、諦めきった態度に腹が立つ。お前、私は機嫌取りのためにここにいるんじゃないぞ!追加料金かかるぞ!というかモノでつられるようなバカな上司、災厄すぎる。自分の無能さに気付いていないバカな上司。そのくせ自分がみんなの上に立って、チヤホヤされていないと気が済まないアホな上司。

 

 

まずなんで怒っているのか、何が気に入らないのかを言ってくれ。分からないのは私の落ち度だ。その点はすまないが。

その上で直せることなら直すための努力はするし、無理なものなら無理ですと言う。そこで無視されたりキレたりされるのならわかる。

何もしない状態で怒るだけなのは、気に入らないことがあって泣きじゃくるだけの子供と同じじゃないか。君には発達した脳があり、言語も習得していて、相手に気持ちを伝えることができるんだろ?

 

人間じゃないな。猿か何かか?

このご時世、猿でももっと賢いわ。

 

この4年間がこのイライラした状態で終わっていくのかと思うと、私はもう何のためにここに来たんだか・・・、なので、私はもっと他のことに力を入れよう。ラスト1ヶ月。

坂本龍馬

遥かなるヌーヨーカ。

今から7年前、2010年のNHK大河ドラマである「龍馬伝」の第7回タイトル。

 

Mr.アタックチャンスこと児玉清さん演じる龍馬の父が亡くなる回。児玉さん自身もこれが生前において最後の演技作品だったそうだ。

 

死期が近いことを悟る龍馬の父。

「龍馬。わしに構うな。おまんは剣を振り、書を読み、侍が己を磨き、高めよういう気持ちを忘れたら生きておる値打ちは無いぜよ。」

「この世に生まれたからには、己の命を使い切らんといかん!使い切って、生涯を終えるがじゃ。」

この言葉が誰もが良く知る「坂本龍馬」を形作る元となり、後の明治維新へと繋がっていくことになる。

 

 今からほんの160年前、幕末の日本。鎖国を続けていた日本にアメリカからペリーをのせた黒船が来航した。

この時、日本では西洋諸国との交わりはキリスト教など有害な思想の浸透につながると考えられていた。文化侵略への危機感から外国の人々に怯え、攘夷とよばれる外国人を排斥する思想や運動が盛んに行われていた。

龍馬の友である武市半平太もいわゆる攘夷派であり、多くの志士の思想に影響を与えた人物とされている。

 

黒船の来航に日本の人々は大きな衝撃を受けた。もちろん、龍馬もその一人である。

アメリカにはあんなに大きなものを造ることができる技術がある。そんな国が開国を迫ってきているんだ、勝ち目はないのではないか?

鎖国を続け孤立し、外の世界に目を向けてこなかった日本人はその時、自分たちが世界の中ではちっぽけな存在にすぎないことを強く認識させられた。

 

そんな中龍馬は、「黒船が造れたらえいなあ」ともらす。

何のために黒船を造りたいと思うのか?という父の問いに龍馬は答えた。

「黒船を造り、海に浮かべて、坂本一家全員をのせて世界を見て回る」ためだと。

 

Dreamerであり、Adventurerであり、Navigatorであった龍馬。

日本の歴史において結果として偉大な功績を残した坂本龍馬の最初の出発点。それは家族で世界一周、清国、インド、エジウト、アフリカ、イュウロッパ、アメリカ…遥かなるヌーヨーカへ。

「行ってみたいのお!プレジデントゆう人にも会うてみたいがぜよ!」と夢を抱いた事だった。

どこにいるかじゃない、何をやるかだ。

私の大好きなドラマ「天皇の料理番」から。

 

「人間はどこにいるかじゃない、何をやるかだ。どこにいても出来るやつはできるし、出来ないやつはできない。」

 

 私はこの台詞に救われたような気持ちになった。

 

日本一の料理人になるため反対を押し切り生まれ故郷を発ったものの、何事も上手くいかずにくすぶっていた主人公の篤蔵。心機一転、一発逆転をかけてパリにでも行くしかないと考えた。そんな篤蔵への一言。

 

わかる、わかるぞ。篤蔵。

できないのは周囲の環境のせいだ。こんな日本に生まれたからだ。

私は形から入る派だ。プロ仕様の道具さえ揃えれば私だってできる。

 

そう思っていた時期が私にもありました。

パリであろうと、Macbook proであろうと、できないもんはできない。

 

 

私は俗に言う学歴コンプ、大学入試に失敗したクチだ。浪人する金銭的、精神的余裕もなく仕方ないので今の大学に通っている。ダメな人間だ。

 

入学式の時点で既に大学を辞めたかった。学部選びも適当だ。高校時代に英語の成績が良かったから英語を専攻した。

大学に行きたいと思った理由も特になく、強いて言うならまだ働きたくなかったとか、周りがみんな大学に行くからとか、一番は家族と離れて暮らしたかったからだ。

とにかくこの大学が嫌で、大学編入を夢見て大学の資料を取り寄せたりしていた。

 

だが、この大学にもできるヤツはいた。

いくら高校の英語の成績が良かったと言っても帰国子女や留学経験者の英語力には太刀打ちできるはずもなかった。ましてやスピーキング、リスニングなんてほとんどやってこなかった。先生の言ってることも生徒の言ってることも何も分からない。

 

こんな大学にも私より英語が出来るやつがいるのか、だとか失礼極まりないことを考えていた。負けると燃えるタイプのゴミクズなので、やる気が出た。

というか出さざるを得なかった。こんな大学でトップになれない私なんて生きている価値もない。こんなので本命に受かるはずがなかったんだ、ここで学んで学んで絶対にかしこくなってやる!

こういった思考回路で、すごく、いやちょっとだけ頑張って勉強した。私比で。

 

そしたら、学年1位の成績が取れた。すごくうれしかった。

大学4年間で一番うれしかったことかもしれない。どこにいても、頑張るべきことはそこらじゅうにあるんだし、私はできる人間だ。そんな希望と自信が湧いてきた。

 

この頑張りは長くは続かなかったのだが。

 

それはさておき、どこにいるかなんてこだわるような問題じゃない。大切なことは頑張るべきことを見つけ、必死になれるかどうかなんだと実感した。

 

 

でも…あの大学……いきたかったなぁ……

新年あけまして・・・

もう二週間が経とうとしている。早い。この調子でいくと今世では何も成し得ることができないまま死んでしまう。来世に期待。

 

さて私こそは昨年の1月、今年からはブログを書くぞと意気込み見事その宣言を1日坊主で終わらせた張本人である。

あまりにもクソブログだったのでそっ閉じで今に至る。

去年の私はクソブログにて新年の抱負を語っていた。一つ目はAmazonアフェリエイトを活かし本のレビューや感想文を書きたいだとかクソ生意気なことを語っていた。そして二つ目は心の内に秘めておこう…なぜなら抱負とは心の中に持つ決意であるのだからなどと語っていた。

覚えていない。クソすぎる。

 

昨年は就活の年であったので多分就活に関連することだったのだろう。

そういえば、頑張ったな、私。もちろん、私比だが。世間の就活生達は私などをはるかに凌駕する努力量と情熱で就活に挑んでいた。バイトを週4、5で続け、ナメ腐った就活をしてすまない。

 

「SPI対策をした」と胸を張って言える日数はせいぜい3日。企業の下調べなんかもそこそこにしかしていない。単に就職課の先生にお前には営業が向いているのではないか、製薬会社のMRなんかどうだ、カッコいいぞと言われただけで応募していた、横文字の役職名とその給与額に目を眩ませた女学生だったのである。

 

そんな私が大手製薬会社の東京本社での最終面接(しかもほぼ外資系)に挑めたことは、私の人生において大きな財産になったと言える。1人で東京に行ったことも新幹線に乗ったことだってこの就活が初めてだ。ただし結果は()

 

現実は甘くない。いや違う。

やっぱりモチベーションが違う。ブログを1日坊主で終わらせてしまうような私が、集合時間に家を出るような私が、締め切りギリギリにレポートを終わらせ滑り込み提出するような私が、人様の命を預かる仕事に就くことができようか?

やっぱり心からその職につき人の役に立ちたいと思っている人こそがその職についてほしい。私が患者だったらそう思う。私だって人の役に立ちたいという気持ちはあった。ただそれが1番目だったかときかれるとノーである。

採用担当者の目は正しかったのだ。

 

かくして私は地元の、地味な企業の地味な事務員として採用して頂いた。